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2013年2月 8日 (金)

”PURE PLEASURE FOR THE PIANO”ライブレポート

 エリス・マルサリス&小曽根真のピアノデュオコンサート”PURE PLEASURE FOR THE PIANO”を、横浜青葉台・フィリアホールで聴いた。東日本大震災とハリケーン・カトリーナの復興支援チャリティとして同名のアルバムがリリースされて から半年。エリスは、昨年9月東京ジャズフェスティバルに出演のため来日し、小曽根やクリスチャン・マクブライド、ジェフ“ティン”ワッツらとのすばらし いセッションを繰り広げ、聴衆を魅了したが、残念ながら私自身はその場に居合わせることができなかっ た。だから、今回のコンサートには特別な期待を持っていたのである。ヤマハのフルコンサートグランドピアノCFXが二台組み合うように置かれたステージ は、インティメイトでタイトな、ふたりのピアニストの関係と音楽とを象徴するようでもあり、ときにはすさまじい挑み合いとチェイスとを展開するためのコッ クピットのようでもあった。エリスは、このCFXをとても気に入っているようで、東京ジャズの際には、リハーサル室に置かれたこのピアノの前を、なかなか 離れようとしなかったそうである。フィリアホールは室内楽用の比較的小さなコンサートホールであり、だからこそ、この二台のヤマハ製フルコンの奏でるメロ ディは、ふたりのピアニストが床を踏みならすリズムとともに、私たち聴衆の心と身体に、直接作用した。

 エリスは79歳。奇しくも小曽根の父実と同年である。ステージの上を、大きな身体を揺らすようにゆっくり歩き、ピアノの前にゆっくりとどっしりと座る。 エリスの前ではCFXさえ小さく見えるほどだ。小曽根の問いかけに、遅れ気味に応えるこのチャーミングなグランドダッドは、しかし、演奏をはじめると全速 力で疾走しはじめた。あるときはメロディラインを流麗に奏で、あるときは小曽根の才気溢れる挑発に端正なバッキングで応じる。ジャズ界のレジェンドの語り は、ラグタイムのストライド奏法にはじまり、ブルースで泣き、ワルツで踊って、やがてスイングの強烈なグルーブ感に収斂していった。エリスと小曽根との親 密なアイコンタクトは常に笑顔で交わされ、かけがえのない時を共有しているよろこびとせつなさ、そしてお互いに対するレスペクトの思いが、聴衆にも手に取 るように理解された。ジャズミュージックの底抜けの明るさの中に、静謐でホーリーな精神性を感じることができる稀有なコンサートであった。ふたりの偉大な アーティストに心から感謝したい。

 ステージングも、聴衆を驚かせるすばらしい工夫がなされていたが、最後のコンサートを控えているので、ここでは書かない。最終日の彩の国さいたま芸術劇 場に行かれる方はお楽しみに!演奏される楽曲も、アルバムに収録されているものの他に、驚くようなすばらしい曲が準備されている。こちらも期待していただ きたい。我慢できないから一曲だけ触れるのだが、”Limehouse Blues”が聴けたのは私にとって僥倖であった。1922年にフィリップ・ブラハムによって作曲されたこの曲は、ガートルード・ローレンスによって有名 になった。彼女の伝記映画“Star!”は、ロバート・ワイズ監督がジュリー・アンドリュース主演で1968年に撮ったものだが、私はこの曲をこの映画で しか聴いたことがなかった。とてもオリエンタルでエキゾチックなブルースだが、この曲を、エリスと小曽根のデュオで聴けるとは思ってもいなかったのであ る。小曽根から楽曲名がコールされたとき、腰が抜けそうになり、演奏を聴いて立てなくなったことだけは、ご報告しておきたい。

 最後に、ふたりの偉大なピアニストにもう一度感謝を捧げよう。

 終演後、小曽根はこう語った。「今日は楽しくてしかたがなかった。これが僕の音楽のルーツなんです。すべてのルーツ。No Name Houseも、その他の活動すべても、ここから始まっているんです。この思いや感動を、国立の子たちや若いミュージシャンたちになんとか伝えたい。」

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