文語のクリスマス・キャロル「あめにはさかえ」(『讃美歌』98)口語訳・注釈
今年のクリスマスイブ礼拝で、聖書の朗読を担当することになりました。
生まれてはじめての経験なので緊張しています。
どうぞお近くの方はお出かけください。
クリスマスイブ礼拝Ⅱ
2012年12月24日(月)19:30〜20:45
日本キリスト教団代田教会
さて、この礼拝では、何曲かの文語の讃美歌(クリスマスキャロル)が歌われます。
ちょうどよい機会ですので、歌詞の深い理解のために、文語の歌詞に現代語訳と注をつけてみようと思います。
まずは、私の大好きな「あめには、さかえ」から。
メンデルスゾーン作曲のすばらしい楽曲です。この歌は、1954年12月に発行された日本基督教団讃美歌委員会編『讃美歌』(日本基督教団讃美歌委員会)に掲載されています。現行の『讃美歌21』(1999年10月)では、「聞け、天使の歌」とタイトルを変えて新しい歌詞がつけられていますが、この歌詞も純粋な口語ではありません。やはりメンデルスゾーンの曲には「あめには さかえ」という歌い出し初行のタイトルがふさわしい気がします。
あるいは今後も、クリスマスには文語で歌い継がれるかもしれません。
歌い継ぐなら、意味を学んでからにしたほうがよいというのが、私の立場です。
私自身、大好きな歌ながら、なかなか歌詞が覚えられませんでした。
意味と構造を理解していなかったためだと思われます。
讃美歌に親しんでいない人が「あめには さかえ」と聞くと、例えば宮沢賢治の「あめにも まけず」などを想起し、「雨には 栄え」と誤解してしまうのではないかとも思います。
世代を超えて歌うことのできる文語の歌は、学校でも教会でも残して欲しいと念願するものです。
少しはやいですが、みなさま、すばらしいクリスマスを!
讃美歌98 あめにはさかえ
1
あめにはさかえ み神にあれや、
つちにはやすき 人にあれやと、
みつかいたちの たたうる歌を、
ききてもろびと 共によろこび、
今ぞうまれし 君をたたえよ。
【口語訳】
天には栄光が 神にあるように、
地には平和が 人にあるようにと、
み使いたちの 讃える歌を
聞いて多くの人が ともに喜びあい、
今まさに生まれた 君を讃えなさい。
【注釈】
*冒頭の「あめにはさかえ み神にあれや、つちにはやすき 人にあれや」は、イエス・キリストの誕生を讃える言葉「いと高き所には栄光、神にあれ。地には平和、主の悦び給ふ人にあれ。」(文語訳聖書 ルカ伝2:13-14)の和語的表現。この部分は、文誤訳聖書も歌詞も現代語の通常の語順ではない。「いと高き所には、神に栄光あれ」=「あめには、み神にさかえあれや」、「地には、主の悦び給ふ人に平和あれ」=「つちには、人にやすきあれや」となるべきところ。この語順が、わかりにくさを助長している可能性がある。
*「あめには…つちには…」は、和語「天地(あめつち)」(『古事記』冒頭「天地初発時」)を分解し、区別の係助詞「は」で対称とした表現。「あめ」は「いと高き所=天」を、「つち」は「地」を表す。
*「さかえ」は名詞。「栄光」の和語的表現。動詞「さかゆ」の連用形と誤認する可能性がある。
*「み神」。「神」には尊敬の接頭語「み」が付く。
*「や」は詠嘆の終助詞。
*「やすき」は形容詞「やすし(安し)」の連体形の準体用法。名詞として扱う。「安し」は「安心だ・平穏だ」の意味だが、ここでは「平和」の和語的表現として用いられているる。この「やすき」を「平和」と理解するためには、聖書の該当箇所を想起する必要があろう。
*「もろびと」は「多くの人・衆人」の意味。
*「今ぞ生まれし 君をたたえよ。」は、1番から3番まで共通した最終行となる。
*「ぞ」は強調の係助詞。文末の一語を連体形で結ぶ。「今ぞうまれし」の「し」は、回想の助動詞「き」の連体形で、係り結びが完結しているように見えるが、「今ぞ生まれし」は「君」を修飾しているので、結びの消去(消滅・流れ)と判断する。先行する讃美歌の歌詞は「今生(あ)れましし」であったが、「生(あ)る」という動詞が用いられなくなったために、現行の歌詞に変更された。先ほど述べたように、「ぞ」では係り結びの完結の可能性を否定できないので、本来なら文末に影響を与えない強意の副助詞「し」などを補うべきであったかもしれない。「今し生まれし」と「し」音の繰り返しをきらって、現行のようになったということも考えられよう。
2
さだめたまいし 救いの時に、
かみのみくらを はなれて降(くだ)り、
いやしき賎の 処女にやどり、
世びとのなかに 住むべき為に、
いまぞ生れし 君をたたえよ。
【口語訳】
定めなさった 救済の時に、
神の御蔵を 離れて地上に降り、
身分の低い(聖霊によって) 処女に宿り
世の人々の中に 住もうとするために、
今まさに生まれた 君を讃えなさい。
【注釈】
*「さだめたまいし」の主語は「父なる神」。「たまふ」は尊敬の補助動詞。
*「かみのみくら」。「御座(みくら)」は、天皇の御座所のことだが、転じてキリスト教の「神の座」のこと。神のいらっしゃる場所。
*「いやしき賤の処女」。「処女マリア」のこと。処女懐胎を示す。「いやし」「賤し」はほぼ同義で、身分が低いということ。「賤の」は形容詞語幹の用法である。「いやしき賤の」は四半世紀ほど前から「御霊(みたま)によりて」と読み替えて歌われるようになった。ことさら身分の低さを強調する差別的表現を忌避するためだと思われる。
*「住むべき為に」。「べし」は当然・推量・意志などの意味を表す助動詞。偈現代語の語感では「…するべきだ」ととられがちだが、ここは「意志」とするのが適当。神の意志として、イエスは天から地に派遣された。
3
あさ日のごとく かがやき昇り、
みひかりをもて 暗きを照らし、
つちよりいでし 人を活かしめ、
つきぬいのちを 与うるために、
いまぞ生れし 君をたたえよ。
【口語訳】
まるで朝日のように 輝きながら昇り、
み光を用いて 暗い場所を照らし、
地から作られた 人をよく生きさせ、
尽きることのない永遠の命を 与えるために、
今まさに生まれた 君を讃えなさい。
【注釈】
*一行二行および三行四行は、それぞれ一連の表現。すべて最終行の「君」を修飾する。
*「みひかり」。「み」は尊敬の接頭語。神の御光。
*「暗き」。形容詞「暗し」連体形の準体用法。「暗い場所」のこと。
*「つちよりいでし人」。主なる神は土から人を創造された。(「創世記」)
*「活かしめ」。「しむ」は使役の助動詞。「す・さす」に比べてやや硬質の表現。
*「つきぬいのち」。「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形。「尽きることのない永遠の命」のこと。
*「与ふるために」。「与ふる」はハ行下二段活用動詞「与ふ」の連体形。「与えるために」。
日本基督教団讃美歌委員会編『讃美歌』日本基督教団讃美歌委員会、1954年12月
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コメント
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とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。
投稿: 投資の初心者 | 2013年1月 2日 (水) 16時05分