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2012年4月

2012年4月29日 (日)

『「蛍の光」と稲垣千頴』正誤表(PDF)を作製しました。

『「蛍の光」と稲垣千頴ー国民的唱歌と作詞者の数奇な運命』(ぎょうせい)の正誤表(PDF)を作製しました。

ダウンロードし印刷して用いてください。

どうぞよろしくお願いします。

「hotarunohikaritoinagakichikaiseigohyo.pdf」をダウンロード

稲垣千頴(穎)の人名表記について その2

稲垣千頴(穎)の人名表記について、棚倉の山田芳則さんからご意見をいただきました。山田さんは、昨年から初雁温知会の棚倉支部長を務めていらっしゃいます。メールでいただいたご意見ですが、学術的に重要なことですので、ご紹介いたします。

「インターネット時代における人名表記は、おっしゃるとおり確かに難しい問題があると思います。しかし現在パソコン上での漢字の表記は、俗字等の異体字の表記がかなり可能になっていますので、人名は、本人の表記の仕方を尊重するのが原則だと思います。したがって結果的に同一文の中で正字と俗字が混在することになっても、仕方がないと考えます。
中西さんは、自筆稿本と思われる歌集『稲垣千穎詠草』には正字が用いられていると書かれていますが、筆の運びを見ますと私には、禾ではなく示にしか見えません。以上の理由で、私は俗字である頴を用いた方が良いと思っています。」

下に2008年3月に書いた記事のリンクを示します。『稲垣千穎詠草』の画像も掲載しています。

http://mid-west.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_fedd.html


確かに、山田さんのご指摘どおり、「頴」は俗字で表記されているように見えます。私の経験不足といわざるを得ません。

ただ『稲垣千穎詠草』(筑波大学図書館蔵)が自筆稿本だと確定しているわけではありませんので、今後も精査を続けてゆきます。

また、表記が混在することは問題ないというご意見にも、全面的に賛成いたします。

山田さん、ご意見ありがとうございました。

『「蛍の光」と稲垣千頴』正誤表 その2

正誤表 その2 です。

「稲垣千頴という人物」の項の注について、次のように訂正させていただきます。


1,17ページ下段注
◎伊達氏の項 
  誤 十五世紀伊達政宗の武功
      ↓ 
  正 十六世紀伊達政宗の武功
◎戊辰戦争の項 
  誤 翌年三月にかけて
        ↓
  正 翌年六月にかけて

2、19ページ上段注
◎松平康爵の項 
  誤 松井松平家九代
            ↓
  正 松井松平家十代
◎松平康任の項 
  誤 一七七九~一八四一
        ↓
  正 一七八〇~一八四一

  誤 松井松平家八代
            ↓ 
  正 松井松平家九代
◎仙石騒動の項 
  誤 一八一一~四四年
        ↓
  正 一八二一~三五年
◎徒士の項 
  誤 石高
     ↓
  正 禄高
3、19ページ下段注
◎中小姓の項 
   誤 石高は十四人扶持から五石二人扶持。千余人の家臣団のうち百数十名
                    ↓
       正 禄高は十四人扶持から七人扶持及び二十石三人扶持から五石二人扶持。
      千余人の家臣団のうち約百二十名
4、20ページ下段注
◎松平康直の項 
   誤 松平康英の幼名
             ↓
   正 松平康英の初名
5、23ページ下段注
◎松平康載の項 
   誤 松井松平家十三代
               ↓
   正 松井松平家十四代

以上は、棚倉の山田芳則さんからのご指摘に基づいて訂正させていただくものです。本のあとがきに書きましたように、山田さんからは、出版にあたってたくさんのアドバイスをいただきましたが、注については、私がすべて私の責任においてつけたものです。ご指摘を心から感謝します。今後ともより正確な歴史叙述に細心の注意を払ってゆきたいと思っています。

今後増刷のチャンスがあれば、修正してゆきたいと思います。すでにお読みいただいたみなさまには、ダウンロード可能な文書を準備する予定です。

よろしくお願いいたします。

2012年4月25日 (水)

藤田幸治棚倉町長に出版のご報告をしました

さる4月16日(月)に、棚倉町役場を訪れ、藤田幸治町長に『「蛍の光」と稲垣千頴』出版の報告をさせていただきました。

2年前の春はじめて棚倉町を調査で訪れた時、藤田町長には棚倉城址公園をご案内いただいたのです。

ちょうど桜祭りの最中でしたが、直前に降った季節外れの雪とのコントラストが、たいへん美しかったことを覚えています。

棚倉は、先日桜祭りが終わったばかり。

今年もすばらしい桜が見られたことでしょう。

福島の自然はどこまでも深く美しく暖かいのです。

そして、そこに住む人々は、格別の愛郷心を持っておられることを、私は知っています。

心からの尊敬の気持ちを持って、町長に出版のご報告ができたことは、格別の幸せでした。

どうか、お一人でも多くの町民の方に、私の思いが届きますよう、祈っています。

ほんとうにありがとうございました。

福島民報(県南版)で、このときの模様が紹介されました。

添付ファイルを御覧ください。

「20120425_.pdf」をダウンロード

20120425_

『「蛍の光」と稲垣千頴』の増刷が決まりました

なかなか思うように本をお届けできず心苦しく思っています。

私の著作『「蛍の光」と稲垣千頴』(ぎょうせい)が、少部数ながら増刷されることが決まりました。

担当の編集者の方から、今後はAmazonでも在庫を切らさないようにしてゆきますと約束していたきましたので、だんだん流通の問題は解消されてゆくものと思っています。

ここでもお知らせしていますが、版元のぎょうせいオンライン、紀伊國屋BookWeb、TSUTAYAオンライン、楽天ブックスなどでも取り扱っていただいていますが、今のところ一番早いのは、ぎょうせいオンラインだと思います。

一般書店になかなか置いていないので、オンライン書店頼みですが、よろしければお読み下さって、感想をよせてくださると、ほんとうにうれしく思います。

どうぞみなさまよろしくお願いいたします。

2012年4月21日 (土)

紀伊國屋書店 BookWeb でもお買い求めいただけます。

私の著書『蛍の光」と稲垣千頴ー国民的唱歌と作詞者の数奇な運命』が、紀伊國屋書店 BookWeb でも購入できることがわかりました。ご紹介します。

http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4324094225.html

どうぞよろしくお願いします。

2012年4月19日 (木)

『「蛍の光」と稲垣千頴 国民的唱歌と作詞者の数奇な運命』(ぎょうせい)正誤表

いちはやく、私の著書を読んでくださったみなさま、ほんとうにありがとうございます。

現在のところ、三カ所に誤りが見つかりました。

訂正してくださいますようお願いします。

まもなくお手元に届くみなさまも、よろしくご配慮ください。

正誤表

1 28ページ下段注

誤 官名録や墓碑銘は「頴」であり、今後はこちらを用いるべきであろう。
           ▼
正 官名録や墓碑銘は「穎」である。本書では、現在一般的に用いられている俗字表記「頴」で統一した。

2 112ページ 下段注

誤 一九五三(昭和二十八)年から中学三年生用の教科書にも
                  ▼
正 一九五三(昭和二十八)年から中学二年生用の教科書にも

3 114ページ 5行 本文

誤(倉田善弘注釈)
    ▼
正(倉田喜弘注釈)

2012年4月15日 (日)

稲垣千頴(穎)の人名表記について

私の著書『「蛍の光」と稲垣千頴』(ぎょうせい)では、「いながきちかい」の漢字表記として「稲垣千頴」を統一して用いています。

私はこれまで、自筆稿本と思われる歌集『稲垣千穎詠草』・編著の教科書・官員録・墓碑銘などで用いられる正字「穎」(のぎへん)を論文等で用いてきましたし、今後はこちらを用いるべきだと主張してきました。

しかし、今回の出版にあたり、俗字「頴」(しめすへん)に統一したのは、活字資料のほとんどが「頴」を用いており、原資料に忠実であろうとすれば、一冊の中で俗字・正字が混在することになること、また、引用資料を読解の便を考えて現代漢字表記・現代仮名づかいに統一したことから、人名表記も現行通用のものを統一して使うという苦渋の判断をしました。

もうひとつ考慮しなければならなかったのは、インターネットの時代であるために、コンピュータでの検索の便を考慮しなければならなかったことです。同一人物でも字体が異なるだけで、検索できなくなることはよく知られています。

「いながきちかい」は、国立国会図書館の書誌情報では正字と俗字で登録されており、結果的には同じ情報にたどりつけるようになっています。このように相互参照するシステムが構築されていればよいのですが、現行ではすべてのデータベースが必ずしもそうなっていないようでした。また、国立国会図書館の近代デジタルライブラリーでは、統一して俗字表記となっています。

書物のタイトルは、検索されたときに、原典や他の研究書と串刺しでヒットしないと意味をなしません。ですから、今回は通用の俗字表記に統一してみました。

私の今回の判断はあくまでも試みで、今後「いながきちかい」をタイトルとしている書物が出てきたときには、それぞれの著者が判断してゆく必要があるかと思われます。

ただ、極めて学術的な論文・著作の場合には、正字を優先して用いるべきではないかと思っています。

学術論文でも、伊澤修二を伊沢修二、平田鐵胤を平田銕胤と表記する時代です。

どこまで人名表記の正確さにこだわるか、ほんとうに難しいところです。

みなさまのご意見をお聞かせください。

なお、ウィキペディアは、正字で立項しており、俗字からはジャンプするシステムになっています。

「ぎょうせいオンライン」の売れ筋ランキング

私の著書『「蛍の光」と稲垣千頴』が、版元の「ぎょうせいオンライン」の「教養・美術・その他」の部門で、売れ筋ランキング7位になりました。

これって、売れているということなのでしょうか?それとも…(^_^)。

ともかく、はじめて本が流通しているという実感を得ました。ホッとしています。

http://shop.gyosei.jp/index.php?main_page=gyo_ranking_kyoyosonota


ひとりでも多くの方のもとに届くよう祈っています。

どうぞこれからもよろしくお願いします。

ありがとうございます。


2012年4月14日 (土)

Amazonでの配本が遅れています。

私の著書『「蛍の光」と稲垣千頴』(ぎょうせい)ですが、おそらく流通の関係で、配本が遅れています。お待ちいただいているみなさまには、大変申し訳ありません。まもなく流通も円滑になると思いますので、しばらくお待ちください。

また、ウィキペディアの記述はどんどん豊かになっています。どうぞ御覧下さい。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E5%9E%A3%E5%8D%83%E7%A9%8E

2012年4月 8日 (日)

ウィキペディアで「稲垣千穎」が立項されました

インターネット上のフリー百科事典ウィキペディアで、「稲垣千穎」が立項されました。

正字表記「稲垣千穎」での立項ですが、俗字表記「稲垣千頴」からも自動転送されます。

私もよりよい叙述内容を目指して、積極的にかかわってゆきたいと考えています。

みなさま、一度御覧ください。また、加筆・訂正をお願いします。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E5%9E%A3%E5%8D%83%E7%A9%8E

さらに、同じウィキペディアの「棚倉町」の出身有名人の項に「稲垣千穎」が加わりました。

あわせて御覧下さい。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%9A%E5%80%89%E7%94%BA

2012年4月 6日 (金)

『「蛍の光」と稲垣千頴 国民的唱歌と作詞者の数奇な運命』(ぎょうせい)がオンラインで購入できるようになりました。

私の著書『「蛍の光」と稲垣千頴 国民的唱歌と作詞者の数奇な運命』(ぎょうせい)が、オンライン書店で購入できるようになりました。

版元のぎょうせいオンライン
http://shop.gyosei.jp/index.php?main_page=product_info&products_id=7445

Amazon.
http://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E8%9B%8D%E3%81%AE%E5%85%89%E3%80%8D%E3%81%A8%E7%A8%B2%E5%9E%A3%E5%8D%83%E9%A0%B4%E2%80%95%E5%9B%BD%E6%B0%91%E7%9A%84%E5%94%B1%E6%AD%8C%E3%81%A8%E4%BD%9C%E8%A9%9E%E8%80%85%E3%81%AE%E6%95%B0%E5%A5%87%E3%81%AA%E9%81%8B%E5%91%BD%E2%80%95-%E4%B8%AD%E8%A5%BF-%E5%85%89%E9%9B%84/dp/4324094225/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1333648896&sr=8-1

今のところ、Amazonは注文をいただいて発送まで数日かかるようです。お急ぎの場合は、ぎょうせいオンラインをお使いいただけると幸いです。

よろしくお願いします。

2012年4月 4日 (水)

安田寛先生が「「蛍の光」と稲垣千頴」にコメントを寄せてくださいました。

私を唱歌研究に導いてくれた安田寛先生(奈良 教育大学教授)が、私の著書『「蛍の光」と稲垣千頴』についてコメントを寄せてくださいました。一読して涙が出てきました。十二年間細々と頑張ってよかっ たと思っています。安田先生、これからも日曜歴史家頑張ります。ありがとうございました。

中西光雄『「蛍の光」と稲垣千頴ー国民的唱歌と作詞者の数奇な運命ー』を感動して読んだ。一つの唱歌と一人の人物だけを研究する「日曜歴史家」だという中西さんは、大学関係ではなく、研究を通じて知り合った人である。日曜日以外は予備校の講師をしている「研究者魂をもった人である。「思えば私の稲垣研究は、許されて入った茗渓会事務局の書庫の中で、稲垣の死亡記事を探すことからはじまった。明治の末年までに死んでいたはずの稲垣が、大正初期まで生きていたことを確認し、伊澤修二の記憶違いのあまりの大胆さに驚いた日のことを、昨日のように思い返してしる」という一文だけでも彼の研究者魂を伺い知るに十分であろう。

実は彼とはまだ会ったことがない。メールを通じてだけの友人である。だから、彼が國學院大學博士課程まで進んで経歴を今回はじめて知った。彼がクリスチャンであることもはじめて知った。人のつながりは偶然に見えて真ん中に一本必然の糸で貫かれている、と思わされる。

彼の素晴らしい著作は、今私たちが書こうとしている『仰げば尊し』と共通する問題意識がいたるところにちりばめられていることもあって、私にはタイムリーな参考書にもなった。昨日は共同執筆者2人と四時間半の会議をしたばかりである。博識に裏付けられた彼らの饒舌の面白さは、それだけに文字にするのが大変である。彼らにも中西さんの本を薦めておこう。

中西さんが「日曜歴史家」なら、私はもうじき「毎日歴史家」をめざそう。「研究の可能性がどんどん大学の外に開かれつつある」という中西さんの言葉は正鵠を得ている。それに日本のほとんどの大学の蔵書を含めて知識の蓄積はそんなに誇れるほどのものではないだろう。それはともかく中西光雄さんの研究はこうして一冊の書物としてまとめられたことは何にもまして喜ばしいことである。

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