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2006年5月 8日 (月)

名づけの精神史

早朝に目覚めてこの文章を書いている。この週末は、さすがに疲れたのか、昼間からうとうとばかりしていた。しかし、夜寝ると、授業ではない、なぜか一般向けの講演に遅れそうになる夢ばかり…。講義で使うスライド(古い!今時はパワーポイントである。)が見つからない。講演後には海外旅行への出発が控えているというのに…だ。相当ストレスがたまっているのだろう。あまりにもわかりやすすぎる夢で、目覚めてから笑ってしまう自分がいる。こんなに本人に簡単に理解できるのなら、精神分析医などいらない。

先週、高校生たちに「夜明け前」に関する言葉を教えた。あかつき・あかとき・あした・あさまだき・しののめ・いなのめ・おしあけがた・つとめて・夜のほどろ…。早朝の美しさのように言葉も美しい。そして、多彩だ。

「君たちの中に朝型の人いますか?朝早く起きて勉強している人。夜更かしして受験勉強する、いわゆる夜型の人は多いけど、今時朝型人間は少ないかもしれません。僕なんか年寄りだから、朝早く目覚めちゃう。仕事や予習はいつも早朝です。だいいち、満員電車がこわいので、毎日六時過ぎには家を出ます。だから、だいたい毎日四時くらいには起きて、夜明けを迎えることになります。早起きって気持ちいいんだぜ。新聞配達のバイクの音が聞こえるころ、窓からうすぼんやりした光が差し込んできて、やがて窓全体に広がる。窓を開けると、冷たいきれいな空気が流れ込んでくる。とても素敵な時間です。君たちの勉強も朝型に変更することをすすめますよ。勉強の能率があがりますよ。」

「でも…もしかして君たちが朝型人間になって、早朝に勉強することになっても、やはり新聞配達がやってくる時間だと漠然と認識するだけで、美しい名前をつけようなんて思いもしないのではありませんか。「夜明け前…それでいいじゃないか…」そう思うのが普通だと思います。でも、奈良・平安時代の日本人は、この時間に、たくさんの美しい言葉をつけている。なぜなのでしょうね。ひょっとして彼らが暇だったのでしょうか?あるいは全員が詩人だったとか…どう思いますか?」

「僕は、大学生のころ、言語人類学者の先生から、『サピア=ウォーフの仮説』というものを習いました。サピアとウォーフという二人の人類学者が、共同で提出した仮説です。仮説というからには、まだ客観的に証明されていません。どういう仮説かと言うと、『ある文化にとって重要だと思われる事柄については、それを表す語彙数が増える』というものです。西サモア諸島では、ここは漁業で生計をたてている島なんだけれども、海の特定の場所に名前がつけられているというのです。僕たちなら「西北西の沖合5キロの位置」などと表現する場所を、例えば「青山」と名づけている。(海に山って名づける人はいないでしょうけれど…)。その島で「青山」と言ったら、島民たち全員が「あの場所だ」とイメージがわくのだそうです。もちろん、ただの大海原なんですよ。ここからわかることは、人間というものは、自分にとって、自分たちにとって大切だと思うものに対しては、名前を与えるという原理なんです。ほら、君たちにもひとりひとり固有の名前がついているね。これは、ご両親が君たちがうまれたときに、この子が将来こんな子になりますようにという願いをこめて、君たちに名付けをしたんです。ご両親にとっては、君たちはかけがえのない存在なんです。だから、名を与えた。犬だって「犬」って言っているときにはかわいくないけど、「こころ」(あっ、これが家の犬の名前です。雄のミニチュアシュナウザーなんですけど…変ですか?)って呼ぶともう世界一かわいい。かわいくてしかたがない。名付けは、愛情の表現でもあります。」

「じゃ、古代の日本人は、なぜ『夜明け前』にこんなにたくさんの美しい名前を与えたんでしょうか…。たぶん、それは彼らのこんな生活習慣のためでした。君たちは、当時の結婚の形態が『通い婚』あるいは『妻訪い婚』だったことは知っているでしょう。男女二人は一緒に生活せず、男が女のもとに通い一夜を過ごす。しかし、これには厳密なルールがありました。男が女のもとを訪問する際は「月明かり」のもとで行うべし。当時、都大路にも街路灯はありません。しかし、たいまつをつけて徘徊してはいけなかったのです。闇夜には通えない道理です。だから、男も女も満月の夜を待っていた。彼らが、『望月・十六夜月・立待月・居待月・臥(寝)待月』と、満月の夜から19日の夜まで、この五日間だけに名付けをしているのは、当然といえます。では、『夜明け前』はなぜ大切だったのか。女のもとで一夜を過ごした男は、必ず「夜明け前」に自宅に戻っていなければなりませんでした。いわゆる『朝帰り』はもってのほか。とりわけ、結婚を正式に宣言しないうちにそんなことをすると、一生ダメな男という烙印を押されるようなものだったんです。だから、『夜明け前』にこぞって帰った。そして、自宅に帰ってから『後朝の文(きぬぎぬのふみ)』というラブレターを書くのです。それが恋愛のマナーでした。だから、『夜明け前』は男が帰る時間、別れの時間、男女が一緒にいられる最後の瞬間でした。ロマンチックで切ない時間を、美しい言葉で表現するのは、人間として当然のことだと思いませんか。」

「恋愛ってすばらしいものです。君たちも、もうその経験がある人もいるだろうし、これから経験する人もいるでしょう。恋愛は誰もがするものだし、誰もをロマンチックにします。受験生である今は恋愛に逃げてはいけませんが、いずれ近い将来誰もが味わうことになる美しい感情の世界です。古代人のその思いが、『夜明け前』という言葉に結晶している。そう思ったら、古語にも少しは親近感を感じられるのではないかと僕は思いますよ。」

「ついでに言いますが、君たちの中には、文法用語のような何かを説明するための言葉に拒否する人がたくさんいます。難しい漢語は見るのもいやだとかね。でもね、人間はずっと昔からひとやものやことがらに『名付け』をすることで、認識してきた歴史があるんです。『名付け』ることではじめて相手が認識できる。愛することができる。相手とコミュニケーションがとれるのです。だから、多少面倒くさいでしょうが、僕がこの授業の中で使う用語『接続・係り結び・連体中止法・一連の述語』などは、覚えてくださいね。そのひとつひとつに、名前が示す独特の世界があるのです。それを共有しないと、君たちは教室の中でただひとり異邦人になってしまいますから。僕はこれから何度も言いますよ。『名前をつけたらおともだち』。ようするに、すべてはコミュニケーションの問題なんです。自分と違う世界とつきあわないと楽しくないじゃないですか。『名前をつけたらおともだち』。」

文章を書いているうちに、夜がすっかり明け切ってしまった。大型連休明けの月曜日、今週も頑張ろう。

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コメント

midさん大変ご無沙汰してま~す。
何かの拍子でここを知り、楽しく読ませてもらってました。
暫くお会いしてないうちに、midさんは肉体改造に取り組んでて、もしやかっくいいオジサンになっちゃってるのかな?!
masuは逆に、何と臨月妊婦です!もうぽんぽこりん!
来週か再来週あたりに出産を控えて、ひぃひぃ言ってます。
そんなワケで、今は名付けにない知恵を絞ってるところなのですワ。なかなか難しいですね~。あんまり懲りすぎて妙ちくりんに名前負けしちゃっても困るし・・・
もっと国語や古文なんかも勉強しておけばよかった~! と、変なきっかけから自分のボキャブラリーの乏しさを嘆いている次第デス。
何かいいヒントがないか、mid先生の日記からも勉強させてもらっちゃいますね♪

masuさん
ほんとうにおひさしぶりです。このブログ読んでいたたいて、大変恐縮しています。
ところで、masuさんは妊婦でいらっしゃる!しかも臨月の…。驚きました。そして、おめでとうございます。もしかして、もう生まれたりしていますか?(と恐る恐る聴いてみる)。はじめての出産は、いろいろな意味で大変ですが、どうかエンジョイしてください。
赤ちゃんはかわいいです。僕も長男を抱いたときは、腕ががたがた震え、涙が出て来ました。まもなくmasuさんが、お母さんになられると聴いて、そのころのことを思い出しました。
お子様の命名につきましては、どのようなお手伝いもいたします。是非是非、お知らせくださいませね。
ところで、僕の体重はほとんどかわっていません。…これを肉体改造というのかどうか…。
ともかく頑張ってくださいね。

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