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2006年5月21日 (日)

シンクロニシティ

 このコンサートホールには、三台のハウスピアノがあるのだが、まずはその中から適切な一台を選ぶことに時間がかかったと小曽根さんは言う。そして、結局最終的に選んだスタインウェイも、はじめは音がどうしても自分のイメージと一致せず、ずいぶん音のコントロールに苦しんだとのことだった。「だけど、昨日練習していたら、ある時スーッと自分が吸い込まれてゆくような深い音が出るようになったことに気づいた。ああ、これでいったらいいんだ…これでいけると…思ったら、練習が楽しくなって、どんどん僕らしい音が生まれるようになったんだ」。別れ際、僕は小曽根さんにぶしつけな質問をした。「今日のオーケストラはすばらしいとおっしゃったんだけれども、そんな最高のオケとやることに、小曽根さんは怖さというかプレッシャーは感じないんですか?もしかして自分の音がオケにつりあわなかったらどうしよう…というような、そんな気持ちにはなりませんか?」。小曽根さんは微笑みながら、「いや、そんなことはないですね。オケがすばらしいこので、彼らが美しく深い音を出してくれる。僕がその音をよく聴いて受け止めさえすれば、その音が僕をその高さや深みに自然に連れて行ってくれる。また、僕の出した音をオケが受け止めて先を指し示してくれる。僕は、自然にその方向へ行けばいいんだと思う。演奏自体はすごくタフで大変だけど、心がうきうきするし、きっとすばらしい演奏になるんじゃないかと、僕自身が期待している。でもね、僕が先走りすぎて失敗したらごめん。ともかく、一生懸命弾いてくるわ。」手を高くあげて僕たちに合図を送りながら、ホールの中に消えてゆく小曽根さんを、僕たちは心躍らせながら見送った。こうして、自己に内向しながら、同時に外に開くという困難な課題に直面した40代のピアニストは、ステージに戻っていったのである。

 開演15分前、ほぼ満員になったホールに、出演者のプレトークが奢られた。橋本邦彦さんの洒脱な司会と翻訳によって、まずマエストロ・デュトワが、シューマンとショスタコービッチの楽曲について解説した。すぐれた交響楽は、ベートーベンやブラームス以外にもたくさんあるので、そのすばらしさを多くの人々に知らせたいという、彼の情熱が言葉の端々からほとばしった。続いて登場した小曽根さんは、ゲネプロを聴いてとても感動したという橋本さんの問いに答えて、「ジュノム」を演奏楽曲に選んだ理由について話した。小曽根さんは、自分にとっていかにこの曲の二楽章が大切か、そして、この美しいバラードがどれほど深いインスピレーションを自分に与えるかについて、実に楽しそうに語ったのである。もちろん、その後の演奏は、腰が抜けるほど美しかったのであるが…。

 やがて、コンサートが始まった。一曲目はシューマンの「マンフレッド」序曲。フルオーケストラで演奏されるこの曲は、金管楽器を中心にゴングやシロフォンの音が印象的用いられる壮大な叙情詩で、ロマン的な色彩が強い。マエストロ・デュトワの華麗なコンダクトによって、オーケストラは一糸乱れぬ演奏を見せ、満員のオーディエンスを魅了した。高い音楽性と技術に裏打ちされた音楽家たちが、マエストロ・デュトワの強い求心力に引き込まれ、美しい音と音の複合体をオーディエンスに投げかけてくる。僕は圧倒的な迫力に息をのんだ。音に気品と厚みとが同時に存在するのだ。

この日のコンサートマスターは、一曲目のシューマンと三曲目のショスタコービッチを、徳永二男さん、二曲目のモーツアルトを、三浦章宏さんがつとめる。モーツアルトは、他の二曲に対してオーケストラが小編成であること、そして、三浦章宏さんが東京フィルハーモニーオーケストラのコンサートマスターとして、既に一度小曽根さんとモーツアルトを演奏したことがある経験がかわれたということだろう。

そして、いよいよ二曲目。モーツアルト作曲、ピアノ協奏曲第9番 変ホ長調「ジュノム」K.271である。ここまで、僕のこの冗長なレポートを辛抱づよく読んできてくださった方々の中には、いよいよ演奏の詳細が聴けると、期待してくださっている方もおられるに違いない。しかし、それはとうてい僕の任ではない。小曽根さんとマエストロ シャルル・デュトワ、そして宮崎国際音楽祭管弦楽団とのコラボレーションは、僕の聴力と言語能力をはるかに超えた、そう神に捧げられた音楽というべきもので、僕の拙い能力で技術論をあげつらったところで、音楽の本質から離れていってしまうだけだからだ。しかし、幸いなことに、まもなくNHKでこの日の演奏が放送されると聞いた。是非、その放送をご覧になって、ご自分の目で、耳で、その日どれほどまでにドラマチックな精神と音との格闘が行われたか、確かめていただきたい。僕自身は、自分の不明を恥じ入るしかないことだ。

ただ、ひとことだけここに印象を記しておくことをお許しいただけるだろうか。この日の小曽根真は、ジャズピアニストでもクラシックピアニストでもなかった。音楽の神の前で、ただひとりピアノで祈りをささげていたピアニストでしかなかった。小曽根さんは、第一楽章の最初の音符の、その深く美しい音色でオーディエンスとオーケストラを魅了し、自ら音を奏でながら、ホール全体の求心力の中心となった。そして、そのひとつひとつの音を、極めて高いレベルで理解し即座に音で反応するマエストロとオーケストラの感性が呼応し合い、見事な音楽的イメージを構築していったのである。モーツアルトが楽譜に書いた音、それは、小さな装飾音に至るまで美しくこの世に呼び戻され、管弦楽の音色と混じり合った。そして、あの特徴的なカデンツァでさえも、それはもはやジャズピアニストのそれではなく、かといってクラシックピアニストのそれでもない、むしろメロディやリズムの多様性については禁欲しながら、純粋な音と音との絡み合いからインスピレーションを得て、まさに即興で音楽が演奏されている、つまりはそこで音楽が生まれているその瞬間を目の当たりにするというレアリテが、僕たちを深い感動に導いた。とりわけ、あの小曽根さん自身が、重要だと語った第二楽章の美しさを、僕は生涯わすれることはないだろう。僕には、とてもゆっくりした、今まで聴いたこともないゆっくりしたテンポで音が刻まれていたように感じたのだが、終演後小曽根さんに伺ったところ、特に今日の演奏でテンポを遅くしたつもりはないと言う。つまりそれは、僕がそう感じたということなのであって、第二楽章が極めてエモーショナルな演奏であったということの証拠になるだろう。小曽根真がジャズピアニストとしての「我」を捨てたから、この演奏が可能になったのではない。「クラシックピアニスト」にジャンルを移行したわけでもない。小曽根さんは、ある意味で、もっともニュートラルな位置に身を置き、自分の内面を深く掘り見つめることで、同時に音楽に向かってすべてをゆだね自己を全開にしてゆくという、すさまじい精神のドラマを僕たちにつつみかくさず見せてくれたのだと思う。それは、マエストロにとっても、オーケストラの楽団員にとっても、感動的なことであったと思う。さすがに、第三楽章のカデンツァで小曽根さんがピアノの胎内に腕を差し入れ、弦を指でたたきはじめた時には、驚きをかくせなかった彼らであったのだけれども…。

オーディエンスのわれるような拍手とブラボーの歓呼に応えて、カーテンコールに応じる小曽根さんの姿は輝いていた。小曽根さんは、マエストロとオーケストラの人々に向かって指をたててガッツポーズを見せ、満面の笑みで再度オーディエンスのオベーションに応えたのである。ブラボー!ブラボー!僕はなぜか泣けてきて、小曽根さんの姿がゆがんで見えた。

やがて、小曽根さんはピアノに座って、演奏を始める。ジャズ特有のストライド奏法でのニューオリンズジャズか、ラグタイムのアンコールらしかった。でも何という曲なのだろう…と思っていると、それこそオーディエンスもオーケストラの楽団員もほぼ同時にそれに気づいて隣の人と顔を見合わせ微笑む。すかさず、ステージの上では、コンサートマスターの三浦さんがオーケストラに指示をして弓を弦におろして全員が演奏に加わる。そう、それは第三楽章のカデンツァの最後部の再現であったのだった。マエストロ抜きの二度目のフィナーレは、笑顔の中でのブラボー。オーケストラの誰にも告げられていなかった小曽根さんの悪戯は、すべての人々へのうれしいサプライズプレゼントとなったのである。

三曲目に演奏されたショスタコービッチの交響曲第10番 ホ短調 op.93は、フルオーケストラで、なおかつ四楽章もある大曲であるが、全身全霊をこめたマエストロとオーケストラの情感溢れる演奏で、この20世紀最大の交響楽作者の壮麗な音楽を心ゆくまで堪能することができた。この日の全三曲は、ほんとうにすばらしいプログラムであったと思う。マエストロ シャルル・デュトワと宮崎国際音楽祭管弦楽団のみなさんに、心からの讃美と感謝を申しあげたい。

さて、終演後、僕と金さんの宿泊組は、シーガイア・リゾートで開かれた宮崎タキシード倶楽部主催の「交流パーディ」(有料)に参加した。これは、文字通り、オーディエンスと演奏家たちの交流を目指した特別企画で、驚いたことに、オーディエンスと音楽家が自動的に同じテーブルに着くように仕組まれているのである。もし望むなら(そして勇気があるなら)マエストロと歓談しながらワインを楽しむこともできるのである。もちろん、小曽根さんも参加された。事情を全く知らない僕たちは、なぜか最前列に陣取り、USBヴェルビエ・フェスティバル・オーケストラの若き音楽家たち、そして桐朋音楽大学に在学中の学生からなる講習生たちの弦楽四重奏を心ゆくまで堪能したのである。怖い者知らずとはこのことである。僕たちと同じテーブルには、この日のプレトークの司会をした橋本邦彦さんがいらっしゃった。橋本さんは、5月6日に宮崎市内の特設ステージで行われたストリート演奏会で演奏されたストラヴィンスキーのバレエ音楽「兵士の物語」の翻訳と語りを担当された方であり、デュトワ氏の通訳もなさっていた。ミュージカルの翻訳で有名で、ここ数年上演されるバーンスタインやソンドハイムなどのミュージカルのほとんどを翻訳されており、宮本亜門さんとのコラボレーションも多い。(ちなみに次回作はスティーブン・ソンドハイムの「スイニードッド」で、なんと大竹しのぶさんと市村正親の主演!大竹さんはミュージカル初主演である。)その橋本さんから、お話を伺うことができた。橋本さんは、ゲネプロで小曽根さんのピアノを聴いて、まず音の美しさに心奪われたという。それは、ひとつの音だけでわかるほどのもので、多くのピアニストの中でもわずかな天才にしか許されていない才能だと語ってくれた。そして、ゲネプロのカデンツァと本番のそれとは全く違っていたけれど、どちらもすばらしかった。ほんとうに心躍る楽しい演奏だと絶賛した。そして、モーツアルトも聴きたいけれども、今度は是非バースタインの「不安の時代」を聴きたい、これは今絶対に小曽根さんでなければ弾けない曲だろうと熱望されたのだった。僕は、そのお気持ちを是非小曽根さんにお伝えしますと橋本さんに約束したのだった。そのあと、二十数年に渡る橋本さんとバーンスタインとの交友について、楽しくお話を伺った。バーンスタインとカラヤンとの確執や、知られざるカルロス・クライバーとの友情、そしてこどもたちへの音楽教育への情熱など、話題はつきることなく続いたのであった。その中で、ひとつだけ印象深かった話をここに記して、このレポートを終わりにしたい。橋本さんは言う。バースタインほど記憶のいい音楽家はいなかった。一度聴いたほとんどの音楽を覚えていた。彼はとてもさびしがりやで、パーティーが大好きだったのだが、そのたびにピアノの前にすわり、ジャズのスタンダードを弾いた。歌詞も完全に覚えており、しばしば替え歌を歌うほどだった。ラテンの音楽、とりわけ中南米の音楽にも興味があって、だから「ウエストサイドストーリー」が出来上がったのだ。ただ、彼には悩みがあった。それは彼があまりにも音楽を記憶していたから、自分が新しい曲を作曲するときに、すべて今まで聴いた何かの曲、誰かの曲に似ていると感じ、亡くなるまで本気で苦しんでいた。20世紀、そして21世紀に新しい音楽を作ろうとしたら、もしそのコンポーザーが恥知らずでなかったら、この問題・苦悩に立ち向かわざるをえない。それは、しかし、天才ならではの悩みなのだけれどね…。僕は、今回の宮崎への旅のはじめと終わりに、ふたつのとてもすばらしい言葉を聞けたと思っている。それは、小曽根さんの「40代特有の問題」に関する言葉と、バーンスタインの「記憶力と創造性」に関する言葉であり、このふたつは確実にリンクしているように思われたからだ。無数の音のパレットと無数のメロディラインを自覚してで、小曽根さんは21世紀のコンポーザー、そして演奏家としてこれからも生きてゆくことになる。だが、この先新たに天才ゆえの悩みと限界を抱え込むにしても、決して小曽根さんは孤独ではないと感じた。僕の中でのシンクロニシティが、なぜかそれを確信させたのだ。これから、小曽根真はもっともっとおもしろくなるぞ…そう信じて疑わない僕なのである。

帰りの飛行機はもちろんオンタイムで飛んだ。空港までのタクシーの中で、ゴルフ好きの運転手さんと、毎年ダンロップフェニックストーナメントにやって来るタイガー・ウッズのことについて話した。あの若きゴルフの天才は、自分の限界をどう考えているのだろう…長いスランプの後奇跡の復活をした彼の言葉も、いつか聞いて見たいと僕は思った。今回の宮崎遠征は、僕の中に新たなフォーミュラをつくりあげたようだ。やはり、搭乗機のキャンセルは、心ゆくまで楽しむものだったのである。

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