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2006年4月29日 (土)

イチローの言葉

予備校の授業は90分。高等学校での50分の授業に馴れた生徒たちにはあまりにも長すぎる時間である。授業が煮詰まったとき、あるいは、気分転換が必要なときに、ちょっとした話題で緊張感をほぐすことにしている。最近の僕は、いきおいスポーツの話題が多い。トップ・アスリートのメンタルな面についての話は、受験生である彼らにも役に立つことが多いからである。今年度は、「受験生 徒然草」と称して、生徒達に配布するプリントの片隅に、イチローをはじめとするトップ・アスリートの言葉を紹介することにした。しかも、それを古文に翻訳して…。僕たちが生徒たちに教えるいわゆる「古典文法」は「読解文法」である。つまり、古文を読むためだけの文法だ。それに対して、ラテン語文法や英文法などは「規範文法」といわれる。こちらは、文法的に正しいということがきちんと規定され、「正書法」が厳然と存在する。だから、誰でも文法を学べば「ネイティブはふつうそう言わないけど、文法的には正しい」と言うことができる。でも、古典文法は、そうはっきり言わない文法なのだ。「こんな使い方の例もあれば、こんな使い方に例もある。だから、一応共通するルールはこうだ。」といったところ…。「正書法」は存在しないから、文法に従った正しい作文もしにくいのである。文語で書く人はいまどきいないから、まっ読めればいいでしょう…というノリ。この地位はしかし、ラテン語などに比べていかにもかわいそうな気がする。ただ、現代の聖書学者の中には、聖書は文語で読まれてきた歴史が長いのだから、最新の聖書研究に基づいた新しい文語訳を生み出そうという試みをしている方もおられる。とても、すばらしい仕事だと思う。受験の世界でも、例えば早稲田大学なのでは、古文作文めいたものを出題することがある。受験生は、古文で作文などしたことがないから、練習をしておかないと面食らってしまうのである。「受験生 徒然草」はそのような理由で誕生した。

この二週間、勉強のガイダンスをしながらの授業なので、時間が無くて気分転換の時間をとれなかった。プリントにもすり込まなかったのである。そうしたら、さっそく、高校生の女生徒から「春の講習会でイチローの言葉楽しみにしていたのに、今日は無くて残念でした」というコメントカードが届けられた。うれしいなあ、ひとりでもこういう反応があると。今回は『夢をつかむ イチロー262のメッセージ』(ぴあ)に所収の言葉である。

格別のわざせんとすれば、例様のわれにてあるべきがたいせつに侍り。一郎

  特別なことをするためには、ふだんの自分でいられることが大事です。 イチロー

□特別…格別なり【形容動詞・語幹の用法】 □こと…わざ【名詞】 □ふだん…例様(れいざま)なり【形容動詞】 □自分…あ・あれ・わ・われ【代名詞】 □大事…たいせつなり【形容動詞】 □です…侍り【丁寧語】

僕もふだんの自分を大切にしてゆこうと思う。生徒たちの励ましの言葉に救われるのは僕たち教師のほうなのだと改めて思う。

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